うーん難しいよね

2005年10月19日
今回の記事はすべてほっすぃへ

>ROの某サイト
あそこのサイトはすごいよね
わたしはたまにしか露店を出さないんだけど
それでもキチンと名前が載るよ
怖い部分もあると思うけど、そういうところもあるんだーくらいに
気楽に考えれば良いんじゃないかな
あそこの情報は結構新しいし、かなり古いものまでさかのぼれる
結構役に立つよ

>SSについて
書き手にとって一番大事にしなくてはいけないのは
その「最もな意見」だと思っている

>>読みにくい
これは初めて書いた文章であっても
気をつけなくてはいけないことではないだろうか
句読点? 改行の仕方? 誤字脱字?
この辺は文章を書きなれた人間であっても、初心者であっても
一緒じゃないだろうか。
もし、読みにくいを指摘されたのであれば
それはきっと、直さなきゃいけないところだ

>>内容が薄い
これはとても曖昧な意見だなぁ…
わたしとしては、「どこがどのように内容が薄いのか」という
具体的な部分を聞きたいのに、全体を指摘されてもしょうがない
これは書き手を考えろってことじゃないよね
その文章で書き手に自分の意見が伝わるのか。というところだよね
それはモノ書きじゃなくて、普段の会話やチャットからでも
意識してほしいところだ。とわたしは思う

>>どっかでみたことある
これがわたしの一番気になったところだ
世の中には、「どっかでみたことある」「どっかできいたことある」
「どっかで感じたことがある」であふれてる
それはどんな一流の作品からでも、少しは感じ取れることがあるはずだ
じゃあ、何で人は「どっかでみたことある」にもかかわらず
同じようなものを生み出そうとするのだろう
なんで、人はすでに世界一があるにもかかわらず
同じようなものを生み出そうとするのだろう
そこで、R.O.D.の作品中にでてくる菫川ねねね先生は
こんなことを言っています
R.O.D.小説版第3巻P164です(がんばってさがしたぜw
暇があれば本屋ででも立ち読みしてみてください。

「だってあたしはまだ書いてないんだもの!」

この一行でわたしは戦慄を覚えたよ…
こいつはすげぇ、って心の底から思った
でも、今にして思う。それは当たり前のことなんだと…
例えば100m走。世界一がある。ビデオなり何なりでその記録がある
世界一だけみてればいいなら、ビデオさえみてればいい
でも人は走り続ける。
それは走っている人がまだ世界一の『世界』
(気持ちかもしれないし努力かもしれないけどあえて世界という言葉をつかう)
を見ていないからなんだなぁって
だから、モノを書く時でも同じさ。
「どっかでみたことある」なんて意見、気にするな
いつかまた筆をとる時、今度は誰も見たことのない『世界』を生み出せばいい。
ただそれだけのことだ

「どっかでみたことある」ほっすぃの作品
その作品にほっすぃは何らかの『伝えたいこと』を精一杯書いたんだと思う
でも「どっかでみたことある」っていったやつは
自分の意見・感想として「何か感じ取ったこと」を書いたんじゃなくて
「どっかでみたことある」っていったんだ
だったらそいつにいってやりな。

「てめぇはおれの作品の何を読んだんだよ!」ってさ

これも菫川ねねねの定番文句なんだけど…、まあキニシナイ方向で
何かしらやり遂げた人間に、このセリフを言う資格は…

あるはずだぜ?

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